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神戸地方裁判所 昭和57年(ワ)1564号 判決

原告

森山勝

森山マツエ

森山さくら

右法定代理人親権者父

森山勝

同親権者母

森山マツエ

右原告ら訴訟代理人弁護士

羽柴修

持田穰

被告

森本潔

右訴訟代理人弁護士

井関勇司

被告

兵庫県

右代表者知事

坂井時忠

右指定代理人

中本敏嗣

中村正幸

外八名

主文

一  被告森本潔は、原告森山勝、同森山マツエに対し、それぞれ金五五五万二七五〇円及び内金五一五万二七五〇円に対する昭和五七年二月一六日から、内金四〇万円に対する昭和六一年三月二九日から完済に至るまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  被告森本潔は、原告森山さくらに対し、金一一〇万円及び内金一〇〇万円に対する昭和五七年二月一六日から、内金一〇万円に対する昭和六一年三月二九日から完済に至るまで年五分の割合による各金員を支払え。

三  原告らの被告森本潔に対するその余の請求、被告兵庫県に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用中、原告らと被告森本潔との間に生じた分はこれを三分し、その一を原告らの、その余を右被告の、原告らと被告兵庫県との間に生じた分は原告らの各負担とする。

五  この判決は、第一、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告森山勝、同森山マツエに対し、それぞれ金一二〇五万二七五〇円及び内金一〇三〇万二七五〇円に対する昭和五七年二月一六日から、内金一七五万円に対する本判決言渡の日の翌日(昭和六一年三月二九日)から完済に至るまで年五分の割合による各金員を支払え。

2  被告らは各自、原告森山さくらに対し、金五五〇万円及び内金五〇〇万円に対する昭和五七年二月一六日から、内金五〇万円に対する本判決言渡の日の翌日(昭和六一年三月二九日)から完済に至るまで年五分の割合による各金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告森本潔)

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(被告兵庫県)

1 原告らの被告兵庫県に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用中原告らと被告兵庫県との間に生じたものは、原告らの負担とする。

3 担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らの地位

原告森山勝(以下「原告勝」という。)、同森山マツエ(以下「原告マツエ」という。)は、訴外亡森山大吾(昭和四九年七月一五日生。以下「訴外亡大吾」という。)の実父母であり、原告森山さくら(以下「原告さくら」という。)は、訴外亡大吾の実妹である。

2  本件事故の発生

(一) 訴外亡大吾は、昭和五七年二月一五日午後三時三〇分ころ、神戸市須磨区白川字亥ノ谷五の通称白川山中付近(以下「本件場所」という。)のハイキングコース上を同級生の訴外西本祐と二人で歩いていた。

(二) 被告森本潔(以下「被告森本」という。)は、訴外堀田正一、同池田武、同水野一豊、同森繁、同岡松美和、同右田一之(以下「訴外堀田ら」という。)と共同して、右日時場所付近において、猪を捕獲すべく、被告森本所有にかかる猟犬六頭(紀州犬雑種。以下「本件猟犬」という。)を使用して銃猟をしていた。

(三) そのとき、右猟犬のうち五頭が、前記歩行中の訴外亡大吾及び同西本祐に出遭つて同訴外人らに吠えかかり、うち訴外亡大吾に一斉に襲いかかつて咬みつき、訴外亡大吾の頭部、右腋窩部、左膝窩部、右大腿背面部をはじめ全身に挫裂創及び咬傷の傷害を負わせ、よつて、同訴外人は、同月一六日午前零時七分、右多数の挫裂創に基づく失血により死亡した(以下右咬傷による死亡事故を「本件事故」という。)。

3  被告らの責任

(一)(被告森本)

被告森本は、本件事故につき、民法七一八条規定の「動物占有者」としての責任がある。

(二)(被告兵庫県)

(1) 被告兵庫県(以下「被告県」という。)は、地域住民の生命、身体の安全保持につき一般的注意義務を負つており、鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律(以下「狩猟法」という。)一〇条によれば、「都道府県知事は危険予防のため其の他必要と認むるときは期間を定め銃猟禁止区域」を設けることができる。

(2) ところで、本件場所は、白川台団地のすぐ北側に当り、かつ、神戸市が昭和五三年三月に「徳川道」として指定した、神戸市公認のハイキングコースでもあり、ハイカーで賑わう場所であつて、特に日曜、祭日などには、付近の住民が親子ずれで草花摘みに興ずるところとしても知られており、狩猟にとつては、いわば危険地帯である。

右のような地域については、被告県としては、前記条項に基づき銃猟禁止区域に指定し、狩猟による一般人の被害発生、危険を予防する作為義務が存するものといえる。しかるに、被告県は、本件場所が神戸市公認のハイキングコースであることなどの前記事実を認識しながら、右銃猟禁止区域指定の手続をせず漫然放置したことにより、本件事故を発生させたものであつて、被告県は、国家賠償法一条一項に基づき損害賠償責任を負う。

4  原告らの損害

原告らは訴外亡大吾の死亡により左記損害を被つた。

(一) 原告勝、同マツエの損害各金一二〇五万二七五〇円

(1) 訴外亡大吾の逸失利益金一八一〇万五五〇〇円

訴外亡大吾は、死亡当時満七歳の健康な男児であり、経験則に照らし本件事故がなければ満一八歳から六七歳まで稼働しえたものと推定される。ところで、昭和五五年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計の男子全年令平均給与(年間賞与含む)は、年間金三四〇万八八〇〇円であり、訴外亡大吾は少なくとも右稼働期間平均して右年間平均給与収入を得ることができたと推定されるから、中間利息控除については控え目にみてライプニッツ方式を採用し、かつ、生活費控除を五割として計算すると、その死亡時の逸失利益現価は金一八一〇万五五〇〇円である。

平均給与額×{(死亡時から67歳までの期間のライプニッツ係数)−(死亡時から18歳までの期間のライプニッツ係数)}×0.5=逸失利益現価

(221700×12+748400)×10.6228×0.5=18105500

訴外亡大吾の死亡により、原告勝、同マツエは実父母としてこれを二分の一ずつ相続した。

(2) 慰藉料 各金一〇〇〇万円

訴外亡大吾は、原告夫婦にとつては唯一の男子であり、しかも、原告夫婦は同訴外人の上に長男昌則をもうけていたが、昭和四八年九月一〇日に生後一年一か月で病没しており、その後同四九年に訴外亡大吾が長男の生まれ変わりのように誕生したことから、同訴外人に対する原告夫婦の期待は大きく、本件事故当時まで同訴外人が健康に恵まれすくすく成長していただけに、本件事故が原告夫婦に与えた精神的苦痛は筆舌に尽し難いものがあり、その上、同訴外人の死に方が、前記の如くあまりに悲惨なものであるなど、これらの事情を考えると、原告夫婦の精神的苦痛を慰藉するには各金一〇〇〇万円を下らない。

(3) 損害の填補

原告らは、本件事故につき、訴外堀田らから金一八〇〇万円を損害賠償金の内金として支払いを受け、これを、原告森山勝、同マツエの損害分のうち逸失利益相続分一八一〇万五五〇〇円に充当した。

(4) 弁護士費用各金二〇〇万円

(イ) 着手金 各金二五万円

(ロ) 報酬金 各金一七五万円

(二) 原告さくらの損害分 金五五〇万円

(1) 慰藉料 金五〇〇万円

原告さくらは訴外亡大吾に大変なついており、同訴外人の死亡により、母親である原告マツエと半年くらい一緒に泣き暮らすという状況にあり、本件が幼女の原告さくらに与えた精神的打撃は甚しいものであつて、これを慰藉するには金五〇〇万円を下らない。

(2) 弁護士費用 金五〇万円(但し報酬金)

よつて、原告勝、同マツエはそれぞれ、被告ら各自に対し、右損害賠償金一二〇五万二七五〇円及び、このうち弁護士費用中の報酬金を除くその余の損害賠償金一〇三〇万円については本件事故発生の日である昭和五七年二月一六日から、右報酬金である金一七五万円については本件判決言渡の翌日である昭和六一年三月二九日から各完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告さくらは、被告ら各自に対し、右損害賠償金五五〇万円及び、このうち弁護士費用を除くその余の損害賠償金五〇〇万円については右昭和五七年二月一六日から、弁護士費用である金五〇万円については右昭和六一年三月二九日から各完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告森本の認否

1  請求原因1のうち、原告さくらが訴外亡大吾の実妹であることについては不知、その余の事実は認める。

2  請求原因2のうち(一)及び(三)の各事実は不知、同2の(二)の事実は認める。

3  請求原因3の(一)は争う。

4  請求原因4の事実は同4の(一)の(3)の事実を除き全て不知。

三  被告森本の抗弁

1(無過失)

(一)  被告森本は、本件事故当時、猪猟の勢子役として、訴外堀田らと共同して本件猟犬を占有していたものであるが、同猟犬の保管につき相当の注意をしていたものであり、過失はない。

すなわち、

(二)  本件場所は、銃猟禁止区域ではなく狩猟期間中自由に狩猟できる地域であり、被告森本らは、従前、本件場所付近で本件事故当時と同様の猪猟を行つてきたが、ほとんど通行人などなく、全く危険はなかつたのであり、本件事故当時、被告森本が猟犬を放つた道も、これがハイキングコースになつていたことを知らず、また、これを認識できるような看板などもなかつた。

右のような状況下であつたが、被告森本及び訴外堀田らは、本件事故当時、安全確実な「見切り猟」を行つていたもので、「見切り」をした者や「待ち」に入つた者らが、通行人や入山者がいないことを確認している。

(三)  本件猟犬のうち、「クロ」と「クマ」は、昭和五五年一二月、猪猟からの帰途、子供らに咬みつくという咬傷事故を起こした犬であるが、犬は防禦反応として人を咬むものであり、一度人を咬んだことのある犬が必ずしも再び咬傷事故を起こすとは限らず、右事故も、子供らが石を投げたり走つたりして、犬に対し攻撃し緊張を与えた結果である。また、右二頭の犬はいずれも被告森本の所で生まれ猟犬として訓練したものであつて、特別の狂暴性もなく、従つて、被告森本らが右二頭の猟犬を本件事故当時狩猟に使用したこと自体も、何ら過失はない。

なお、どんな場合でも人を咬まない猟犬に訓練することは、到底できないところである。

2(被害者側の過失)

(一)  被害者訴外亡大吾は、当時七歳の小学一年生であつたが、自宅より約二キロも離れた人気のない山中に、同級生の訴外西本祐を誘つて探検ごつこに行つたものであつて、従前、学校の先生からこの山には行かないよう注意をされていたこと、父親の原告勝は、本件事故当日自宅にいたのに、訴外亡大吾の行動に全く注意していなかつたこと及び両親の原告勝、同マツエが訴外亡大吾に対し、日頃、山へ勝手に出かけないよう十分な注意を与えていなかつたことなどにかんがみて、被害者側にも過失がある。

(二)  訴外亡大吾には、本件事故当時、猟犬を刺激し、被害を誘発するような言動があつたのであり、また、訴外亡大吾は、訴外西本祐が動かないように指示したのに、両手を挙げて駆け出し、道からはずれた山中に走つて行つており、当該行為は、猟犬に対する非常に大きな刺激や緊張を与えることになるのであつて、この点においても、被害者側に過失がある。

3(共同不法行為者に対する免除)

(一)  原告らは、訴外堀田らに対し、本件事故についての損害賠償責任につき、総額金一八〇〇万円の支払をもつて、訴外堀田らのその余の損害賠償債務を免除した。

(二)  仮に、被告森本に本件事故につき損害賠償責任があるとしても、本件事故は、被告森本及び訴外堀田らの猟犬の共同占有に起因した共同不法行為によるものであるから、その共同不法行為者のうちの一人ないし数人に対する免除には、絶対的効力が認められるべきである。

また、被告森本は、本件事故当時、猟銃は持たず、前記のとおり勢子役を担当していたにすぎないのであつて、勢子役だけの被告森本の責任が、訴外堀田らよりも著しく大きいとはいえず、損害の公平負担の見地からも、被害者側の恣意的請求は著しく不当であり、被告森本に対しても訴外堀田らに対すると同様三〇〇万円の限度とすべきである。

四  被告森本の抗弁に対する認否及び原告らの反論

1(一)  抗弁1の(一)のうち、被告森本が、本件事故当時、猪猟の勢子役として、訴外堀田らと共同して本件猟犬を占有していたことは認め、その余は争う。

(二)  同1の(二)のうち、本件場所が銃猟禁止区域ではなかつたこと及び被告森本が猟犬を放つた道がハイキングコース上に位置していたことは認め、その余は否認し又は争う。

(三)  同一の(三)のうち、本件猟犬中、

「クロ」と「クマ」が、昭和五五年一二月、猪猟からの帰途、子供らに対し咬傷事故を起こしたこと、右二頭の犬は被告森本の所で生まれ、同人が右二頭を猟犬として訓練したことの各事実は認め、その余は否認し又は争う。

2(一)  抗弁2の(一)のうち、訴外亡大吾(当時満七歳、小学一年生)が、同級生の訴外西本祐とともに旧白川村の山中に遊びに行つたことは認め、その余は争う。

(二)  同2の(二)のうち、訴外亡大吾が、本件事故当時、駆け出して道からはずれた山中に走つて行つたことは認め、その余は否認し又は争う。

3(一)  抗弁3の(一)は認める。

(二)  同3の(二)のうち、本件事故が、被告森本及び訴外堀田らの、猟犬の共同占有に起因した共同不法行為によるものであることは認め、その余は争う。

4  原告らの反論

(一)(無過失の主張に対して)

(1) 被告森本は、昭和五七年二月一五日、午後二時ころから訴外堀田らとともに神戸市須磨区白川字池の谷付近の山中で被告森本が勢子役として猪猟を行つたが、猪を発見できず、同日三時ころ一旦猟を打ち切つた。しかし、被告森本は、再度猪猟を行うことを思いたち、右同日が狩猟期間の最終日にあたり日没も近づいていたことから、猟を焦るあまり、被告森本は、全く「見切り」をせず、また、猟犬の行動範囲につき安全を確認することもしないまま、本件猟犬が風に乗つてくる猪の臭いをかぎつけるであろうことにまかせ、自由に探索させるつもりで、同日午後三時三〇分ころ、本件場所付近で本件猟犬を全く方向を定めることなく一斉に曳綱から解き放つた。ために本件猟犬のうち五頭が訴外亡大吾と本件場所で出遭い、同訴外人を襲つて本件事故を惹起したものである。

(2) 本件猟犬のうち「クロ」「クマ」は、前記のとおり咬傷事故を起こした猟犬であるところ、一度人を咬んだ犬にあつては、咬まないよう矯正訓練を充分に施さないかぎり、咬傷事故を繰り返す危険が充分であり、しかも、右矯正については事実上極めて難しく、完全に矯正できる保障はなく、狩猟家間の常識としても一度咬んだ犬を狩猟に伴うこと自体常識はずれとされているのであるから、被告森本には、勢子として「クロ」「クマ」のような咬傷事故を起こした犬を猟犬として使用してはならない注意義務があつた。

(3) 被告森本が本件猟犬を放した場所(本件場所から二〇〇メートル近く離れたところ)が、ハイキングコース上に位置することは前記のとおりであり、しかも、当該場所は人家集落に近く、付近住民が遊歩その他の目的で立ち入ることも多い場所であるところ、付近には、右ハイキングコースを示す案内板が設けられており、その各所にゴミ等が捨てられていることからして、右場所付近に人が立ち入つてくることは充分予測される状況にあつた。

従つて、本件場所付近で猪猟をしようとする者は、猟場にしようとする山一帯につき事前に「見切り」を行い、人の有無及びその安全を確認した上で、猟犬の行動範囲を限定し、寝屋近くまで猟犬を誘導して寝屋の方向に向けて放し、容易にハイキングコース上に立ち入つたり、ひいては、人に出遭つて襲いかかることのないようにする注意義務がある。

(4) しかるに、被告森本は、右注意義務を怠り、「クロ」「クマ」を含む本件猟犬を、前記(1)の如く「見切り」を全くしないまま漫然曳綱から放ち、本件事故を生起させたものであり、本件猟犬の保管につき相当の注意をしたとはいい難い。

(二)(被害者側の過失の主張について)

(1) 被告森本が主張するように、本件場所付近の散策路に児童が行つて遊ぶことを学校ないし親が特に禁止していた訳ではなく、学校による注意は、本件場所を含む旧白川村地域へ行くために横断する県道神戸三木線での交通事故に対する配慮などからなされたものであり、そこには、狩猟に関する危険防止の観念は全くないのであつて、被告森本が被害者側の過失として掲げるもの(前記三2(一)の事柄)は、いずれもその損害発生と相当因果関係がない。

(2) 訴外亡大吾が、山中で五頭の猟犬から吠えかかられたことは前記のとおりであるところ、右状況下で同訴外人が恐怖のあまり駆け出したことはむしろ当然であつて、その場にじつとしていることを期待するのは、無理を求めるものである。また、同訴外人が駆け出さなかつたとしても右猟犬に咬みつかれなかつたという保障はない。よつて、同訴外人が駆け出した行為をもつて過失相殺の対象となしえない。

五  請求原因に対する被告県の認否及び主張

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  請求原因2の(一)のうち、訴外亡大吾が、原告ら主張のころ、その主張にかかる場所付近にいたことは認め、その余は不知。

(二)  同2の(二)のうち、被告森本及び訴外堀田らが、原告ら主張のころ、その主張にかかる場所付近で猟犬を用いて銃猟をしていたことは認め、その余の事実は不知。

(三)  同2の(三)のうち、訴外亡大吾が、猟犬によつて傷害を受けたこと及び原告ら主張のころ死亡したことは認め、その余の事実は不知。

3(一)  請求原因3の(二)の(1)被告県が、地域住民の生命、身体の安全保持につき一般的な注意義務を負つていること及び狩猟法には、原告ら主張の条項にその主張のような規定があることは認める。

(二)  同3の(二)の(2)の前段のうち、本件場所付近が、白川台団地の北側に当たること及び神戸市作成のハイキング地図に徳川道として紹介されていることは認め、その余は不知、同後段は争う。

4  請求原因4の各事実は不知。

5  被告県の主張

(一)(行政行為の不作為にかかる違法性の考え方について)

(1) 行政庁が法令により一定の権限を与えられている場合において、その権限を行使するか否か、仮に行使するとして、いつ、どのような方法でこれを行使するかは、原則として当該行政庁の裁量に委ねられているのであつて、その権限を行使すべき法律上の義務を負うものではない、仮に、行政庁の不作為の違法が問題とされる場合があるとしても、それは行政庁がその裁量権を行使しないことが著しく合理性を欠き、社会的にみても妥当でないと認められる場合に限られる。そして、裁量権の行使が著しく合理性を欠くとは、具体的に生命、身体、財産に対し差し迫つた危険がある場合において、行政庁に被害が予見可能であり、行政庁が右権限を行使すれば容易にこれを防止できる状況にあるのに、行政庁が権限を行使しない場合をいうものと解すべきである。

(2) これを本件についてみるに、狩猟法の規定は、銃猟禁止区域設定に関する知事の権限を定めたものにすぎないところから、具体的に本件事故現場付近を銃猟禁止区域として設定するか否か、設定の時期、設定範囲等については被告県の知事の社会的、地理的条件を考慮した合理的判断に基づく裁量に委ねられているものといえる。そして、本件において、その裁量権の行使が著しく合理性を欠くかどうかは、本件事故現場付近(旧白川村山中)において前記のような具体的危険性があつたかどうかという点が把えられるべきであるところ、本件事故現場付近では、本件の他には猟犬による咬傷事故は全く発生していなかつたし、また、そもそも猟犬による咬傷事故(他損事故)自体、昭和五一年から同五七年までの七年間に、本件を含めても全国でわずか五件発生したにすぎず、極めて稀なことである。しかも、本件事故発生前、地元住民からは猟犬の危険性はおろか、狩猟の危険性についての苦情はなく、かえつて、本件地域が猪による農作物被害の発生地帯であつたことから、地元農民からは有害鳥獣の駆除を望む声もあつたほどである。してみると、本件事故現場付近において、猟犬や銃猟に起因する生命、身体、財産に対する差し迫つた危険はなかつたことは明らかであり、被告県の知事が本件事故の発生を予見することも全く不可能であつて、本件事故現場付近を銃猟禁止区域に設定しうる状況になかつた。

(二)(被告県における銃猟禁止区域の設定方針及びその具体的運用)

(1) 被告県は、林野庁長官から各県知事宛の、昭和四〇年一二月一日付け及び同四五年一二月三日付けの銃猟禁止区域設定等にかかる各通知に示された指導方針に沿つて、

(ア) 設定に当つては、事前に地元市町と十分調整する。

(イ) 地元市町等から設定の要望があつた区域については、最大限尊重する。

(ウ) 重点的な設定場所は、右の昭和四五年の林野庁長官通知に示された重点的設定場所に準じて次のとおりとする。

(a) 事故頻発地区

(b) 林野に接続して建設された学校等が所在する場所で、銃猟による危険性が予想される地区

(c) 農林業の集約化による各種農業団地等が所在する地区で、年間を通じて農林作業のための人が多く銃猟による危険性が予想される場所

(d) レクリエーション等のため年間を通じ利用者が多く、銃猟による危険性が予想される、各種スポーツ施設及びレクリエーション施設等が所在する場所

(e) その他各種の開発等によつて銃猟による危険性が予想される場所

(エ) なお、区域については、狩猟の実態を考慮し必要な区域とし、区域境界が明確になるようできるだけ道路又は行政区界とする。

との取扱をしており、そして、毎年、年度当初に開催される県の地方機関である農林事務所の担当者会議において指示し、区域設定の必要性の有無についての状況把握に努めている。

(2) 本件事故現場付近は、旧白川村の北側の裏六甲に連なる広大な山林地内にあり、他方、白川台団地は、県道神戸三木線をはさんで右白川村の南側に位置しているところ、白川台団地については、これを含む須磨ニュータウン全域及び相隣接する多井畑町全域につき、被告県の知事が、昭和五二年一〇月二八日付兵庫県告示第二二一四号をもつて、同年一一月一日から期間を一〇年と定めて銃猟禁止区域に設定した。

これは、同年六月、右地域につき、同地域には「太陽と緑の道」ハイキングコースがあり、四季を通じて多数のハイカー達によつて賑つていること、近くには北須麿団地、市立多井畑小学校があり、猟銃の使用により付近住民に危害が及ぶおそれが多分にあること等を理由として、神戸市長から被告県の知事に銃猟禁止区域設定の要望がなされたのに対して、同知事は、同地域が前記(二)(1)(ウ)の重点的設定場所のうち、主として(e)の「その他各種の開発等によつて銃猟による危険性が予想される場所」に該当するものと判断して、銃猟禁止区域に設定した。

しかし、本件事故現場付近については、昭和五二年になされた神戸市長からの右要望区域には含まれておらず、その後、昭和五三年に「徳川道」が後記のとおり公表された後も、本件事故に至るまでの間に神戸市長はもとより地元から県知事に対する銃猟禁止区域設定の要望は一切なかつたし、この間、銃猟に伴う事故も発生しなかつたことから、自然発生の村のままのたたずまいを残す農村地域である旧白川村一帯と、昭和四五年の土地区画整理事業の完成により、造成発展した人口約一万一〇〇〇人の団地である白川台団地とでは、県道神戸三木線を境としてその様相を全く異にしていること及び神戸市は、昭和五三年に「徳川道」に関する調査結果を公表し、その全容が明らかにされたものの、「徳川道」は長い間廃道になつていたことから整備もされておらず、本件事故現場付近についてもハイキングコースとしてはあまり利用されていなかつた状況にあることを総合勘案して、被告県の知事としては、本件事故現場付近については、前記(二)(1)(ウ)の重点的設定場所のいずれにも該当しないものと判断し、本件事故が発生するまでは銃猟禁止区域に設定しなかつたものである。

なお、本件事故後、被告県の知事が、昭和五七年一〇月二九日付け兵庫県告示第二四〇六号をもつて、同年一一月一日から期間を一〇年と定めて本件事故現場付近を含む地域を銃猟禁止区域に設定し直した。その経緯は、本件事故直後の同年二月一九日、被告県の知事が兵庫県神戸農林事務所及び神戸市(農政局及び市民局)との間の打合せ会議を開催した際、その席上で神戸市から、本件事故現場付近が「徳川道」というハイキングコースに当るからというより、むしろ地元市民からの要望もあるため、本件事故が現に発生したという現実の事態を重視して、本件事故現場付近を銃猟禁止区域として設定されたい旨の要望があつたので、被告県の知事は、現地調査及び神戸市等との調整を重ねたうえで、本件事故現場付近を含む地域を前記の「その他各種の開発等によつて銃猟による危険性が予想される場所」に該当するものとして、右のとおり、銃猟禁止区域に設定し直したものである。

(3) 従つて、本件事故現場付近についての被告県の知事による銃猟禁止区域設定にかかる裁量は、本件事故前後にわたり不相当なものではなく、本件事故前に本件事故現場付近を銃猟禁止区域に設定しなかつたことは、違法とはいえない。

(三)(狩猟法一〇条と猟犬による危険発生防止義務との関係)

猟犬は、狩猟の補助として使役されるものであるが、狩猟法には猟犬による危険防止を目的とした規定はなく、さらに、狩猟の実態にかんがみても、その狩猟形態によつて使役される犬種及び使役の方法は異なるものの、猟犬による獲物の捜索、追出し、追跡、猟犬の呼び返しなどすべからく管理者の指示命令に従うことから、猟犬の管理及び猟犬による危険発生防止は専ら飼主の責務と解される。よつて、銃猟禁止区域制度もまた、銃器使用による危険予防のため設けられたものといえるのであつて、右制度をもつて猟犬による危険発生防止義務の根拠規定とすることはできない。

六  被告県の主張に対する認否及び原告らの反論

1  被告県の主張(一)は争う。

2(一)  被告県の主張(二)の(1)のうち、林野庁長官から各県知事宛に、昭和四〇年一二月一日付け及び同四五年一二月三日付けで銃猟禁止区域設定等にかかる通知がなされたことは認め、その余の事実は不知。

(二)  同(二)の(2)のうち、本件事故現場付近は、旧白川村の北側の裏六甲に連なる広大な山林地内にあること、白川台団地は、県道神戸三木線をはさんで右旧白川村の南側に位置し、昭和四五年の土地区画整理事業の完成により造成発展した人口約一万一〇〇〇人の団地であること及び本件事故現場付近は本件事故当時まで銃猟禁止区域に設定されていなかつたが、本件事故後、被告県の知事により銃猟禁止区域とされたこと並びに昭和五三年に神戸市が「徳川道」に関する調査結果を公表し、その全容が明らかにされたことは認め、その余の「徳川道」に関する事実は否認する。その余の同(二)の(2)は不知。

(三)  同(二)の(3)は争う。

3  被告県の主張(三)のうち、猟犬が狩猟の補助として使役されるものであること及び狩猟法上、猟犬による危険防止を目的とした直接の規定がないことは認め、その余は否認し又は争う。

4  原告らの反論

(一) 被告県の主張(一)に対して

今日において、国民の生命自由幸福追求の権利を実質的に保障していくためには、国民生活の多くの分野において、国の行政権行使による積極的介入、干渉は必要不可欠とされるに至つており、適正な行政行為の介入なくして生命自由といつた基本的人権を実質的に保障できない領域は拡がつているのである。そして、この領域の中では行政便宜主義、自由裁量論は後退する。すなわち、行政庁の裁量権限といえども、行政行為による規制を除いては実効的な手段が存在しないという事実状況のもとでは、大幅に裁量の範囲が限定される。

裁判例においても、野犬咬死事故の損害賠償事件において、「法文上は知事が捕獲、抑留ないし掃蕩の権限を有しているにすぎない場合でも損害賠償義務の前提となる作為義務との関係では、①損害という結果発生の危険があり、かつ、現実にその結果が発生したときには、②知事がその権限を行使することによつて結果の発生を防止することができ、③具体的事情のもとで右権限を行使することが可能であり、これを期待することが可能であつたという場合には、その権限を行使するか否かの裁量権は後退して、知事は結果の発生を防止するために右権限を行使すべき義務があつたものとして、これを行使しないことは作為義務違反に当る」とされている(東京高裁昭和五二年一一月一七日判決・高民集三〇巻四号四三一頁参照)

本件にあつても、猟犬の危険性は容易に予想され、猟犬による被害発生の危険があつたし、また、知事の権限行使により本件事故現場が銃猟禁止区域に設定されておれば本件事故の発生を防止することができたことは明らかである。

そして、本件事故当時の具体的事情のもとで右禁止区域設定の権限を行使することが可能であり、これを期待することは可能であつたから、本件において被告県の知事の権限不行使は作為義務違反に当る(本件事故後、時をおかないで本件事故現場を含む相当広範囲を銃猟禁止区域に設定していることからも、このことは肯定される。)。

(二) 被告県の主張(二)に対して

本件事故現場付近は、国の指導方針(林野庁長官から各県知事宛になされた昭和四〇年一二月一日付け及び同四五年一二月三日付けの各通知)に沿つて、被告県の知事が銃猟禁止区域の重点的設定場所として考慮したと主張する場所(前記五5(二)(1)(ウ)の(a)ないし(e))のうち、右の(b)(c)(d)(e)に該当する。すなわち、本件事故現場付近は、宅地造成によつて開けた場所で、事故現場に近接して住宅や学校が建設されている地域であつて、右(b)に当り、銃猟禁止区域として当然設定計画にのるべき要検討場所であつたといえる。また、本件事故現場付近はハイキングコースとして神戸市より宣伝されていた場所であるから右(d)にも当り、かつ、その他各種の開発等によつて銃猟による危険性が予想される場所であつたから、右(e)にも該当する。

ここにおいて重要なことは、前記林野庁長官の各通知は、各知事宛に積極的な銃猟禁止区域の設定を指示しており、県側の積極的な調査を要請していることである。被告県は毎年度当初に、右区域設定の必要性の有無について状況把握に努めていると主張するが、そうであれば、本件事故現場周辺の後記情報は、確実に収集されていたはずであつて、本件事故現場付近は、当然本件事故当時までに銃猟禁止区域として設定されていなければならず、この点で被告県の作為義務違反は免れない。

以下、本件事故現場付近の状況を詳述すると、被告森本らが猟場にしようとした本件事故現場を含む山一帯は、その南側山麓の人家集落(その南方に接してさらに白川台の人家密集地が広がつている。)からわずか数百メートル程度の近くに位置しており、また、右現場付近の山道はハイキングコース(徳川道ハイキングコース)にもなつているほど、近隣の学童などが遊歩、散策のため右山中に立入つている可能性があり、それは、冬場でもその例外ではなく、季節を問わず、常時人の所在する可能性が高い場所であり、銃猟による事故発生のおそれのある区域であつたのである。

さらに、右「徳川道ハイキングコース」については、昭和五三年に本件事故現場付近を含むその全容が神戸市によつて明らかにされたことは前記のとおりであり、そして、神戸市は、同年、「徳川道」につき歴史散歩の道として一七〇万円ほどの予算をかけて道標を整備し、翌年にはその地図を作成して市民に宣伝しているのである。

なお、被告県の知事は、本件事故後、本件事故現場を含む広範囲を銃猟禁止区域としており、その設定に至つた経緯として被告県は前記のとおり(前記五5(2))主張する。しかしながら、本件事故後に行われた、右主張にかかる調査やその結果としての銃猟禁止区域の拡大は、既に、前記の林野庁長官の各通知によつて指示されていたことであり、右指示どおりに被告県が努めていれば、本件事故前、すでに本件事故現場は銃猟禁止区域とされていたはずなのである。

(三) 被告県の主張(三)に対して

狩猟法中、危険予防のための狩猟規制で重要なものは、一〇条、一一条に定められた銃猟禁止区域制度と鳥獣捕獲禁止場所に関する規定である。特に一一条はその三、四号で所定の場所での捕獲を禁止しているが、右にいう捕獲とは、方法の如何を問わず、一切の「狩猟」そのものを禁止制約するものであつて、そして、その禁止することにより守られるべき法益は、人の生命身体の安全であり、生活の平穏そのものである。一〇条の銃猟禁止区域制度の保護法益もこれと同様、人の生命身体の安全であり、生活の平穏であつて、同条による規制は「銃猟に伴う危険」を念頭におくものである。

よつて、一〇条にいう「危険予防の為」とは、銃器使用による直接的危険性のみならず、銃器使用による「狩猟」そのものから予想される全ての危険性を考慮して判断されなければならず、銃猟において、たとえ補助手段としてであれ、猟犬の使用が不可欠であるならば、「銃猟に伴う危険」のうちに、猟犬による人に対する咬傷事故は当然に含まれ、そうした危険性を考慮した狩猟規制、禁止区域の設定を一〇条は予定しているものというべきである。

また、本件のような猪猟の場合は、猟犬として紀州犬が多く用いられ、これらは獲物を見つけたら攻撃的姿勢(咬みつく)をとるように訓練されているところ、猟犬は、狩猟中、興奮状態に入り、咬みやすい状況にあり、かつ、猟の際には、いつたん離れた猟犬は単独で先行し、管理者(飼主)の命令の届かない領域に行くため、管理者の命令の聞けない状態になることから、猟中に飼主以外の第三者、特に幼児児童に遭遇した場合、本件のような事故を起こすこともまた、容易に予想されることであり、猟犬は極めて危険な「補助手段」というべきものである。しかも、銃が危険であるとしても、それは人間が直接取り扱う道具であるのに比べて、猟犬は右のとおり人(管理者)が確実に命令で意のままに扱えない代物であるから、その危険性は銃に劣らないものということができ、かような猟犬の性状は専門家に限らず容易に認識可能である。よつて、その狩猟の実態からしても、猟犬による事故を予想して、銃猟禁止区域の定めがなされなければならない。

従つて、狩猟法一〇条の銃猟禁止区域制度は、猟犬による危険発生防止義務の一つの根拠規定として解されるべきであつて、これを否定する被告県の主張は失当である。

第三  証拠〈省略〉

理由

(被告森本関係)

一請求原因1(原告らの地位)のうち、原告さくらが訴外亡大吾の実妹であることは、〈証拠〉により認められ、その余の事実は当事者間に争いがない。

二請求原因2(本件事故の発生)について

請求原因2の(一)(訴外亡大吾と訴外西本祐がハイキングコース上を歩いていたこと)については、〈証拠〉によりこれを認めることができる。同2の(二)(被告森本が訴外堀田らと本件猟犬を使用して銃猟をしていたこと)は当事者間に争いがない。同2の(三)(本件猟犬のうち五頭が訴外亡大吾に咬みつき、その咬傷により同訴外人を死亡させたこと)については、〈証拠〉を総合すればこれを認めることができる。

三1  請求原因3(被告森本の責任)について

被告森本は、前記のとおり、訴外堀田らと共同して本件猟犬を使用して銃猟を行つていた際、本件事故を惹起したのであるから、相当の注意をもつて本件猟犬の保管をしたのでない限り民法七一八条により「動物占有者」としての責任を負う。

2  そこで、被告森本が、本件猟犬の保管につき相当の注意をなしたか否か(被告森本の抗弁1)につき判断する。

(一) まず、本件事故の概要につき検討するに、本件事故当日(昭和五七年二月一五日)、被告森本が勢子役として訴外堀田らと共同して本件猟犬を占有していたことは当事者間に争いがないところ、〈証拠〉を総合すれば、次の各事実が認められる。

(1) 被告森本は、昭和五七年二月一五日午後二時ころから、神戸市須磨区白川字池の谷付近の山中で、自らは勢子役として訴外堀田らとともに猪猟を行つたが、猪を発見できず、同日午後三時ころ一旦猟を打ち切つた。

(2) ところが、被告森本は、右山の西側に当る山で再度猪猟を行うことを思い立ち、訴外堀田らにこれを持ちかけて、同訴外人らと下記三差路(同市同区白川字堂の東の「市民の木」指定のかやの大木のある四差路から北へ通じる道を上り切り、さらに北西方向へ通じる山道を進んで二つ目の三差路に当る場所。以下「本件三差路」という。)で集合し、本件三差路の北東下山中にある「ノバタ」(猪が体についた寄生虫を洗い落とすなどの目的で用いている水溜を指す。)のところを見に行つた訴外池田武らから、右「ノバタ」に南西方向に向つた猪の新しい足跡がある旨の報告を受けた後、右訴外池田武と、それぞれ他の猟友に対し射手としての「待ち」場を指示した。

(3) 被告森本は、右同日か狩猟期間の最終日に当り、日没が近づいていたこともあつて、猟を焦るあまり、全く「見切り」をせずまた猟犬たちの行動範囲の安全を確認することもしないまま、本件猟犬が風に乗つてくる猪の臭をかぎつけるであろうことにまかせ、自由に探索させるつもりで、同日午後三時三〇分ころ、右三差路から南西方向に向う尾根道を同方向に二〇〇メートル近く進んだ地点で、本件猟犬を方向を定めることなく一斉に曳綱から解き放つた。

(4) ために、本件猟犬六頭のうち五頭が、右尾根道が南方向と西方向へ分れる地点(本件三差路から右尾根道を南西方向へ約三一〇メートル進んだ地点。前記本件場所。)で、右の南方向に通じる道を南から北へ歩いていた訴外亡大吾と訴外西本祐に出逢い、同訴外人らに吠えかかり、さらに恐怖のあまり本件場所から駆け出した訴外亡大吾(同訴外人が駆け出したことは当事者間に争いがない。)に一斉に襲いかかつて咬みつき、本件場所から南西約七二メートルのところにある湿地付近で前記傷害を負わせ、もつて右咬傷により昭和五七年二月一六日午前零時七分同訴外人を死亡させた。

以上の各事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二) 次に、被告森本が本件猟犬を放した前記場所付近の状況についてみるに、右場所が徳川道ハイキングコース上に位置することは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、右場所付近は、その南側山麓の人家の集落(その南方に接してさらに白川台の人家密集地が広がつている。)からわずか数百メートル程度の距離にあり、その山の高さや地形が遊歩、散策に適し、付近住民などがこれらの目的で立ち入ることが少なからずあつたこと、被告森本が右場所に至るまで辿つてきた山道には、本件三差路を含め、数か所、徳川道ハイキングコースを示す案内板が設けられていたこと、被告森本が本件猟犬を放した前記尾根道は、幅員が約二メートルあり、その付近各所にゴミなどが投棄されており、また、樹木の下刈りをした跡があることなどの各事実が認められ、これらの事実を総合すれば、被告森本が本件猟犬を放した場所付近は、人の立ち入る可能性のある場所であり、また、被告森本自身、容易にこれを認識しえたものと認められる。

(三) さらに、被告森本が本件事故当時猪猟に使用した本件猟犬につき検討するに、

(1) 本件猟犬のうち「クロ」と「クマ」が、昭和五五年一二月に、猪猟からの帰途、子供らに対し咬傷事故を起こしたことは当事者間に争いがないところ、〈証拠〉を総合すれば、犬の「咬癖」というものの実体は定かでなく、一度人を咬む体験をした犬は再び人を咬むおそれが高いものとは必ずしもいい難いものの、犬が、狩猟中などの興奮状態にある場合、人(特に子供)が逃げ出すなどの行動をとつたときには、これを襲撃し、咬みつく習性を有することは否定し難く、右のような場合に、犬の咬傷事故を防止するほどに十分な矯正訓練を施すことはかなり困難であり、しかも、そうした矯正訓練を施した犬であつても、飼主が犬を制御できないようなところであれば、なお、咬傷事故の危険性が残ることが認められる。

(2) また、〈証拠〉によれば、何頭かの猟犬がいる場合、そのうちのリーダー格の犬が人を襲撃すれば、他の猟犬もリーダー格の犬と同様の行動をとる可能性が極めて高いことが認められ、〈証拠〉によれば、本件猟犬のうち、「クマ」が最も精悍かつ攻撃的な性格であり、そのリーダー的存在であつたことが認められる。

上記(三)の(1)(2)の各事実を併せ考えると、六頭の本件猟犬を猪猟のため漫然と一斉に解き放つた場合、山中で子供に出遭えば、「クマ」をリーダーとする本件猟犬全頭がこれを襲撃し咬みつく事故を起こす可能性が充分あつたものと認められ、また、〈証拠〉によれば、被告森本が本件事故現場付近で訴外西本祐と出遭つた際、昭和五五年一二月の前記咬傷事故を思い出し慌てたこと、しかし、被告森本は、本件猟犬の性格を知り尽していたから、同人のそばにいた猟犬(本件猟犬のうち「チビ」)が同訴外人に吠えかからないよう注意深く行動していること、その後すぐさま同訴外人に連れの有無を問い質して、他に子供が一人付近にいることかわかるや、直ちに猟を打ち切り、仲間を呼び集めて子供と犬を探させていること、以上の各事実が認められるところ、以上の各事実にかんがみれば、被告森本自身も、右咬傷事故の危険性を充分予見し、かかる事故の発生を危惧していたものと認定できる。

(四) してみると、前記(二)(三)を前提とすれば、被告森本としては、本件猟犬を山中に放すにあたつては、人に出遭うことを防止しうるよう、さらに、仮に人に出遭つた際にも容易に咬傷事故を防止しうるような措置を講ずべき注意義務があるといえるのであつて、具体的には、猟場にしようとする山一帯につき仲間と協力して事前に「見切り」を行い、猟犬の行動範囲を限定しうるようにし、かつ、その行動範囲における人の有無とその安全を確認した上で、猟犬が猪の臭を追つてまつすぐ山中に入つていくよう、その位置と方向を定めて猟犬を放ち、猟犬が容易にハイキングコースに立ち入つたり、人に出遭つて襲いかかることのないようにする注意義務があつたというべきである。

しかるに、被告森本は、右注意義務を怠り、前記(一)のとおり、「見切り」を行わないまま漫然と本件猟犬を放ち、本件事故を生起させたものであつて、本件猟犬の保管につき相当な注意をしたとは到底いい難い。

ところで、〈証拠〉によれば、グループによる猪の見切り猟は、猪の、山に向いている足跡(入り目)、山から抜け出た足跡(抜け目)につき確認したうえ、猟場とする山を決定し、さらに、その猟場と決定した山中を探索して、猪の通る道(カヨイ)、猪の昼間いる場所(寝屋)の見当をつけ、猟犬に寝屋を追い出された猪がカヨイを通つて現われそうな場所に射手を配置(待ち)し、その後、猟犬を放つて寝屋を襲わせ、猪を寝屋から追い出すというのが通常のやり方であり、右の一連の手順のうち、猪のいそうな山を特定し、さらに、その山のどのあたりに猪がいるかの見当をつける作業が「見切り」と呼ばれるものと認められるところ、〈証拠〉によれば、「見切り」は、山の規模によつて四、五時間かかることも認められることから、「見切り」にあたつて人の有無とその安全を確認しても、実際に猪猟をする際における人に対する安全確保となりえない場合のあることは否定し難い。しかし、「見切り」を実施したうえで行う猪猟にあつては、前記のとおり、寝屋の見当をつけて、ここを猟犬に襲わせるものであるから、自ずと猟犬の行動範囲を限定することができ、猟犬の行動範囲を限定しうるならば、猟犬を勢子の目の届く、その命令の届く範囲に置くことが可能となるところ、〈証拠〉によれば、命令者の目が届き、その命令の届く範囲であれば、猟犬を命令に従わせ、その行動を管理、制御することができるものと認められるから、猟犬の行動範囲を限定し、命令者の命令に従わせうる右範囲に猟犬を置き、その行動範囲における人の有無とその安全を確認することによつて、猟犬がハイキングコースなどに向かうことを防止しえ、また、ある程度近くに人が現われたとしても、勢子の命令によつて、咬傷事故を回避しうるものと思料する。従つて、見切りを行うなどの前記注意義務を尽せば、咬傷事故を防止しうることができたものというべきである。

(五)(1) もつとも、被告森本は、本件場所が銃猟禁止区域ではなかつたこと、従前、本件場所付近で猪猟を行つたが、ほとんど通行人などなく、全く危険はなかつたこと、さらには、本件事故当時、被告森本が猟犬を放つた道も、これがハイキングコースになつていたことを知らず、これを認識しうるような看板などもなかつたことを主張するが、本件場所が銃猟禁止区域でなかつたことは当事者間に争いないが、そのこと故に右場所における狩猟においては安全に対する狩猟者の注意義務を免れる筋合のものではなく、また、従前、本件場所付近では通行人がほとんどなかつたとしても、当該場所が、人家集落に近いなどの前記(二)の事実から、人が立ち入る可能性を充分認識しえたものと認められ、さらに、本件事故当時被告森本が猟犬を放つた場所が、ハイキングコースになつていた事実も、前記のとおり、被告が右場所に至るまで辿つた山道に数か所、当該ハイキングコースを示す案内板が設置されていたのであるから、わずかの注意をもつて、右事実を知りえたものと認められ、たとえハイキングコースになつている事実を知らなくても、前記のとおり、本件三差路から本件場所に至る尾根道付近にはゴミなどが投棄されており、樹木の下刈りをした跡などもあつたことから、本件場所付近を人が通る可能性を十分予見しえたものと認められるのであつて、被告森本の右主張は、いずれも過失を否定するに足りるものではない。

(2) また、被告森本は、本件事故当時「見切り猟」を行い、「見切り」をした者や「待ち」に入つた者らが、通行人や入山者がいないかどうかを確認した旨主張し、これに沿う同人の供述がある。しかし、被告森本らが本件事故当時に行つた猟は、前記認定((一))のとおりであつて、訴外池田武らが猪の「入り目」を確認したにすぎず、前記のような「見切り猟」の一般的態様に照らし、全く「見切り猟」の名に値しないものというべく、結局、人に対する危険防止措置として何らの意味を持つものではなかつたことが認められる。

(3) さらに、被告森本が、過去に咬傷事故を起こした「クロ」と「クマ」を本件事故当時に狩猟に用いたこと自体には、猟犬の習性につき前記したところからも、同被告の注意義務違反を認め難い。

しかし、昭和五五年一二月の咬傷事故は、子供らが石を投げたことに起因する旨の被告森本の主張については、これを認めるに足りる証拠はなく、前記二頭の犬に特別の狂暴性がないと主張する点も、これらの犬が、現実に右咬傷事故を起こした事実は、当事者間に争いのないところであり、その矯正がなされない限りは、一定の状況下では再び咬傷事故を起す可能性を否定し難いことも前記認定のとおりであるところ、〈証拠〉によれば、被告森本が右二頭の犬に対して採つた措置は、右咬傷事故の直後、右二頭を鉄砲の台尻で殴つたというにすぎず、その他に特別な矯正、訓練を施した事実のないことが認められるから、同被告が右二頭の犬の矯正を十分なしえたとは認め難い。しかも、たとえ矯正された犬でも、飼主の目が届かず、犬の制御の困難な場所では、なお咬傷事故の可能性を否定し難いこと、前記認定のとおりであるから、被告森本においては、右二頭の犬を猟犬として用いる以上、少なくとも、見切りを行い猟犬の行動範囲を限定するなど、猟犬の行動を管理しうるような態勢のもとで猟に従事すべき注意義務があつたものというべきである。

なお、被告森本は、どんな場合でも人を咬まない猟犬に訓練することは到底できないと抗争するが、その趣旨が、飼主の目の届く範囲で、その命令を認識させうる範囲であつてもその訓練が不可能とする趣旨ならば、人の立ち入る可能性のある場所では、そもそも猟犬を用いて狩猟すべきではないという注意義務があるものと認められ、その趣旨が、飼主の目が届かないような範囲では、人を咬まない猟犬に訓練することは到底できないというのであれば、なお一そう強い意味で、前記の見切りを行うなどの注意義務が課せられるものと解する。

以上、いずれの被告森本の主張も採用し難く、前記のとおり、被告森本が本件猟犬の保管につき相当な注意をなしたとは認め難いものといわざるをえず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  過失相殺の主張(被告森本の抗弁2)について

(一) 抗弁2の(一)のうち、訴外亡大吾(当時満七歳、小学一年生)が、同級生の訴外西本祐とともに旧白川村の山中に遊びに行つたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、右訴外人らが通学していた小学校では、旧白川村の山中に遊びに行くについては、保護者同伴で行くよう、児童らに注意をしていた事実が認められるところ、右注意は〈証拠〉によれば、旧白川村地域へ行くために横断する県道神戸三木線での交通事故を心配して、また、旧白川村の農地を子供らが荒らさないよう慮つてなされた注意であり、子供らが旧白川村山中で遊んだり、ハイキングしたりすることに向けられた注意ではないことが認められるのであつて、ハイキングコース上を歩いていたことが認められる訴外亡大吾に、損害の発生につき責任の一端があつたとは認め難く、被告森本が被害者側の過失として主張するその余の事実(事実摘示欄第二の三2(一))も、狩猟に起因した事故による損害の発生という点において、何ら斟酌すべき事情とはいえない。

(二) 抗弁2の(二)のうち、訴外亡大吾が、本件事故当時、駆け出して道からはずれた山中に走つて行つたことは当事者間に争いがないが、前記のとおり、同訴外人は五頭の猟犬に吠えかかられて、恐怖のあまり右のような行動をとつたことが認められ、〈証拠〉によれば、訴外西本祐が訴外亡大吾に対し動かないように指示したことは認められるものの、訴外亡大吾の右行動は、満七歳の子供にしてみれば、当然起こりうべき成り行きであると認められ、その行動に損害の発生あるいは拡大にとつて被害者に責任の一端ありとの評価を加えるのは酷に過ぎる見方である。また、被告森本は、訴外亡大吾に、本件事故当時、猟犬を刺激し、被害を誘発するような言動があつたと主張するが、〈証拠〉によれば、訴外亡大吾が、当時、「助けてくれ。助けてくれ。」と大声を出したことが認められるが、これもその情況上無理からぬものであつて、右言動についても、前記と同様被害者に帰責性を認めることはできない。また、その他に、訴外亡大吾が猟犬を刺激するような言動をなしたと認めるに足りる証拠はない。

よつて、過失相殺の主張はいずれも採用し難い。

4  共同不法行為者に対する免除にかかる主張(被告森本の抗弁3)について

抗弁3の(一)(訴外堀田らに対する損害賠償債務の免除)及び同3の(二)のうち、本件事故が、被告森本及び訴外堀田らの、猟犬の共同占有に起因した共同不法行為によるものであることは、当事者間に争いがない。

ところで、共同不法行為に基づく損害賠償債務は、その行為者間に給付実現に向けた主観的な共同目的による関連がないこと、さらには、被害者保護の見地からしても、不真正連帯債務と解するのが相当であるから、右のとおり、原告らは、訴外堀田らに対し、その損害賠償債務を免除しているものの、当該免除が被告森本の損害賠償債務に何ら影響を及ぼすものではない。また、被告森本が、本件事故当時勢子役を担当していたことは前記のとおりであり、〈証拠〉によれば、自らは猟銃を持つていなかつたことが認められるが、この事実があつても、訴外堀田らへの右免除の効果を、被告森本の損害賠償債務に及ぼさなければならないものとは解されず、共同不法行為者間における損害賠償義務の公平負担の問題は、内部的調整の問題として考えれば足りるものと思料する。

5  上記のとおりであるから、被告森本に対し、本件事故につき損害賠償責任を認めることができる。

四請求原因4(原告らの損害について

1  次に、被告森本が負担すべき損害賠償額(原告らの損害)について検討する。

2(一)  まず、原告勝、同マツエの損害についてみるに、

(1) 訴外亡大吾の逸失利益

〈証拠〉によれば、訴外亡大吾は、本件事故当時七歳(当該事実については当事者間に争いがない。)の健康な男児であつたことが認められるから、本件事故がなければ、満一八歳から満六七歳までの四九年間就労可能であつたものと推認される。そして、当裁判所に職務上顕著な昭和五五年度賃金センサスによれば、企業規模計、学歴計の全産業男子労働者に対しきまつて支給する現金給与額は月額二二万一七〇〇円、年間賞与その他の特別給与額は年額七四万八四〇〇円であるとされているから、訴外亡大吾は満一八歳から満六七歳に至るまで年間平均三四〇万八八〇〇円の収入を得ることができたであろうと推認でき、これを基礎として、右稼働期間を通じて控除すべき生活費を五割とし、中間利息の控除につきライプニッツ式計算法を用いて死亡時における訴外亡大吾の逸失利益の現価額を算定すれば、原告ら主張のとおり、金一八一〇万五五〇〇円となる。

原告勝、同マツエが訴外亡大吾の実父母であることは前記のとおり当事者間に争いがないことから、右原告らは、同訴外人の死亡によりこれを二分の一ずつ相続したものと認められる。

(2) 慰藉料

〈証拠〉によれば、訴外亡大吾は、原告夫婦にとつて唯一の男の子であり、その長男が生後一年一か月で病没したあとに生まれただけに、同訴外人に対する原告夫婦の期待が大きかつたであろうことが推認され、本件事故が原告夫婦に与えた精神的苦痛には計り知れないものがあると認められるのみならず、同訴外人が、前記認定のとおり、猟犬により全身に多数の挫裂創及び咬傷を負わされた結果無惨極まりない死を遂げたことに対する原告夫婦の無念やる方ない心情は察するに余りあり、他方、〈証拠〉によれば、被告森本は、何ら謝罪の意思を表わそうとしないことが認められるので、右各事実を併せ考えると、原告夫婦の精神的苦痛を慰藉するには、各金五〇〇万円の支払をもつてするのが相当である。

(3) 損害の填補

原告らが、本件事故につき、訴外堀田らから金一八〇〇万円を損害賠償金の内金として支払を受けたことは、原告らの自認するところであり、右損害賠償金を、原告森山勝及び同マツエの損害分のうち逸失利益相続分一八一〇万五五〇〇円に充当した点は、被告森本において明かに争わないから、自白したものとみなす。

(4) 弁護士費用

弁論の全趣旨によると、原告らが弁護士に本訴の追行を委任したことが認められ、本件事案の難易、審理経過、認容額その他諸般の事情を斟酌すると、本件事故と相当因果関係のある損害として被告森本に請求しうべき額は、原告勝及び同マツエについて各五〇万円(着手金各一〇万円、報酬金各四〇万円)とするのが相当である。

(二)  次に、原告さくらの損害につき検討する。

(1) 慰藉料

〈証拠〉によれば、原告さくらは、訴外亡大吾を兄として慕つており、同訴外人の死亡により、母親の原告マツエともども深い悲しみにくれていたことが認められ、幼児といえども、本件が原告さくらに対し深甚の精神的打撃を与えたものと推認できるから、その精神的打撃を慰藉するには金一〇〇万円の支払をもつてするのが相当である。

(2) 弁護士費用

原告らが弁護士に本訴の追行を委任したことは前記認定のとおりであり、前記の諸事情を勘案すると、本件事故と相当因果関係にある損害として被告森本に請求しうべき額は、原告さくらについて金一〇万円(但し報酬金)とするのが相当である。

3  以上によると、被告森本は本件損害賠償(遅延損害金を除く。)として、原告勝及び同マツエそれぞれに対し、前記2(一)(1)の損害額金九〇五万二七五〇円から前記2(一)(3)の損害填補額金九〇〇万円を控除して前記2(一)(2)の損害額金五〇〇万円及び右認定の弁護士費用金五〇万円(着手金一〇万円、報酬金四〇万円)を加えた金五五五万二七五〇円の、原告さくらに対し、前記2(二)(1)の損害額金一〇〇万円に右認定の弁護士費用金一〇万円(但し報酬金)を加えた金一一〇万円の、各支払義務がある。

(被告県関係)

一1 請求原因1の事実(原告らの地位)は当事者間に争いがない。

2 請求原因2の(一)(訴外亡大吾と訴外西本祐がハイキングコース上を歩いていたこと)のうち、訴外亡大吾が、原告ら主張のころ、その主張にかかる場所付近にいたこと、同2の(二)(被告森本が訴外堀田らと本件猟犬を使用して銃猟をしていたこと)のうち、被告森本及び訴外堀田らが、原告ら主張のころ、その主張にかかる場所付近で猟犬を用いて銃猟をしていたこと並びに同2の(三)(本件猟犬のうち五頭が訴外亡大吾に咬みつき、その咬傷により同訴外人を死亡させたこと)のうち、訴外亡大吾が、猟犬によつて傷害を受けたこと及び原告ら主張のころ死亡したことについては、当事者間に争いがなく、その余の同2の各事実は、〈証拠〉により、これを認めることができる。

二次に、請求原因3の(二)(被告県の責任)について検討する。

1  狩猟法一〇条は、「都道府県知事は危険予防の為其の他必要と認むるときは期間を定め銃猟禁止区域・・を設くることを得」と規定するところ、原告らは、被告県の知事が、本件場所付近(本件事故現場付近)を銃猟禁止区域と定めていなかつた(この点は当事者間に争いがない。)ことを違法とし、これにより本件事故が発生したものであるとして、被告県に国家賠償法一条一項に基づく損害賠償責任がある旨主張する。

2 なるほど、被告県が地域住民の生命、身体の安全保持につき一般的な注意義務を負つていること、同被告も自認するところであるし、被告県の知事が、本件場所付近を銃猟禁止区域と定めていたならば、被告森本らも本件場所付近では本件のような狩猟はしなかつたであろうから、ひいては、本件事故も防止しえたであろうとはいえる。

しかし、狩猟法一〇条は、都道府県知事に対し銃猟禁止区域を設定する権限を付与するものであつて、その義務を規定するものではないというべきところ、このようにある事項につき行政庁が法令により一定の権限を与えられている場合に、その権限を行使するか否か、どのように行使するかは、原則として当該行政庁の裁量に委ねられているのであつて、行政権の不行使が違法となるのは、その裁量権限の不行使が著しく合理性を欠くとき、すなわち、住民の生命、身体、財産に対し差し迫つた危険が発生し、あるいは、発生することが予想される場合に、行政権の裁量権限の行使が関係人の損害を回避するために有効適切な方法であり、かつ、行政が容易にその方法を採ることができたのに、行政庁がその権限を行使しない場合であると解される。

そこで、本件において、被告県に行政権の不行使を違法とする右事由があつたかどうかにつき検討する。

3(一) まず、本件事故現場付近に、本件事故当時、住民の生命、身体等に対する差し迫つた危険が予想されたかどうかが検討されねばならないが、これに先だつて、そもそも右危険の中に、銃猟の際の猟犬による事故を含めて考えるべきかどうか、換言すれば、銃猟禁止区域設定という制度が、猟犬による咬傷事故を予定しているのかどうかという点を判断しておく。

狩猟法中、猟犬に関する直接的な規定はないが、〈証拠〉によれば、銃猟にあつては猟犬の使用が不可欠なものと認められるので、狩猟中の猟犬の管理はその占有者に期待するところが大きいこと後記のとおりであるものの、占有者の管理上の過失ないし管理能力を超えた領域において猟犬による事故が発生する危険性を全く否定しえないこと、及び、本件事故後、被告県の知事が、当該事故発生の事実を重視して本件事故現場付近を含む地域を銃猟禁止区域に定めたことが認められ、他方、前記の如く、被告県は地域住民に対し安全保持義務を負うていることなど、を総合考慮すると、当然に、銃猟禁止区域設定という制度は、単に銃器による場合のみならず、猟犬による咬傷事故も含めてその危険防止を念頭においているものと解するのが相当である。

(二) そこで、本件事故当時、本件事故現場付近において、差し迫つた猟犬による咬傷事故の危険性があつたかどうかにつき検討する。

(1) 〈証拠〉によれば、狩猟者が猟犬を狩猟に使用するまでには、長期間これを訓練し、その性質を十分把握して自己の意のままに動かし管理することが可能となつており、またそうでなければ猟犬を狩猟に役立たせえないことが認められる。従つて、猟犬の管理は、第一次的には銃猟をするにあたつて猟犬を使用する狩猟者に委ねられ、その管理上の責任も第一次的には右狩猟者に帰せられるべきものと解されるが、猟犬の管理を狩猟者に委ねているだけでは到底人身への危険を防止しえないような特段の事情がある場合、たとえば、人が頻繁に往来する地域である場合などには、猟犬による人身に対する危険性が差し迫つているとして、被告県に、当該地域を銃猟禁止区域に設定すべき作為義務を観念しうると解する。

(2) ところで、〈証拠〉によれば、本件事故現場付近で猟犬による咬傷事故は発生したことがなく、また、全国的にも昭和五一年から本件事故に至るまで猟犬による咬傷事故(他損事故)は五件しかなく、被告県下では、前記の、被告森本所有の猟犬が昭和五五年一二月に起こした咬傷事故のみであることが認められるうえ、〈証拠〉によれば、北海道以外の地域では狩猟期間が一一月一五日から翌年二月一五日までであることが認められるところ、本件事故現場付近において、右狩猟期間中格別人の往来が多いとは認められないこと後記認定のとおりであるから、以上の事実をもつてすれば、少なくとも、猟犬による咬傷事故という観点からみる限り、右特段の事情を認めるに足りず、人の生命身体に対する差し迫つた危険があつたとは認め難い。

なお、原告らは、猟犬は、猟に際して管理者の命令の届かない領域において行動するを常とするから、銃器に劣らない人身事故の危険性があると主張するが、上記認定事実と弁論の全趣旨によれば、猟犬と銃器とでは、その使用方法の相違からくる危険性の差異、管理可能性、結果の重大性など、銃器による人身事故の危険性は、猟犬のそれとは比較にならないほど蓋然性が高く、かつ、重大な結果を招来するものと認められるから、右主張は採用の限りでない。

4 そこで、被告県が本件事故現場付近を本件事故当時銃猟禁止区域に設定しなかつたこと、その裁量権限の不行使が、著しく合理性を欠くものとして違法であつたかどうかにつき検討する。

(一)  昭和四〇年一二月一日付け及び同四五年一二月三日付けで、林野庁長官から各県知事宛に、銃猟禁止区域設定等について通知がなされたことについては当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、右各通知に示された指導方針に沿つて、被告県では銃猟禁止区域の設定について被告県主張のとおりの方針が立てられたこと(事実摘示欄第二の五5(二)(1))、そして、その重点的な設定場所として、右の昭和四五年一二月三日付けの通知に示された重点的設定場所に準じて、被告県主張のとおりの具体的な指針を設けたこと(右同第二の五5(二)(1)の(ウ)の(a)ないし(e))の各事実が認められる。

(二)  本件事故現場付近が、右の被告県が定めた銃猟禁止区域の重点的設定場所に当るかどうかであるが、〈証拠〉を総合すれば、その文言からは、「林野に接続して建設された学校等が所在する場所で銃猟による危険性が予想される地域」、「その他各種の開発等によつて銃猟による危険が予想される地域」に該当する可能性があるものの、本件事故現場付近において、人の立ち入りが、前記狩猟期間中必ずしも多くないことが認められ、右場所付近において、銃猟による人身に対する差し迫つた危険性があつたとは認め難い。

(三)  他方、地方公共団体としては、銃猟禁止区域の設定にあたつて、その地域内に農地や山林を有する住民の利害を当然考慮しなければならず、これら住民が被害を受けている場合、その有害鳥獣の駆除を図ることも地方公共団体の責務に属する事項である。

(四)  確かに、本件事故現場付近が白川台団地の北側に当ることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、右白川台団地を含む地域は、昭和五二年に銃猟禁止区域に設定されたことが認められるが、しかし、本件事故現場付近は、旧白川村の北側の、裏六甲に連なる広大な山林地内にあること、他方、白川台団地は、昭和四五年の土地区画整理事業の完成により造成発展した人口約一万一〇〇〇人の団地であることは、当事者間に争いのないところであり、〈証拠〉によれば、旧白川村一帯と白川台団地では、県道神戸三木線を境としてその様相を全く異にしていることが認められ、さらに、〈証拠〉によれば、被告県では、毎年度当初に開催される県の地方機関である農林事務所の担当者会議において、市長などの意見を聞いて、銃猟禁止区域設定にかかる状況把握をしていることが認められるところ、〈証拠〉によれば、右白川台団地を含む地域については、当該地域が銃猟禁止区域に設定される前に、神戸市長から、その設定についての要望が被告県主張のとおりの理由をもつて(事実摘示欄第二の五5(二)(2))なされていることが認められるものの、本件事故現場付近については、本件事故当時まで、神戸市長からその要望がなされたことがないことが認められ、しかも、〈証拠〉によれば、地元住民からも、本件事故現場付近を銃猟禁止区域に設定してほしい旨の要望はなく、かえつて、本件事故現場付近を含む旧白川村では、農作物に対する猪の被害があり、このため、当該地域を銃猟禁止区域とするについて消極的な姿勢も窺えるほどであつたことが認められる。以上の各事実を総合すれば、本件事故現場付近については、被告県の知事が、たやすく銃猟禁止区域設定という措置にふみ切らなかつたことにつき合理的な根拠があるものと認められる。

(五)  上記各点を勘案すれば、被告県の知事が、本件事故現場付近につき銃猟禁止区域に設定しなかつたこと、その裁量権限の不行使が、著しく合理性を欠くとまでいい難く、被告県の行政権の不行使を違法とは評価し難い。

(六) もつとも、本件事故現場付近に徳川道ハイキングコースが存在すること及び昭和五三年に神戸市が「徳川道」に関する調査結果を公表したことは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、神戸市は、右「徳川道」について道標を設けるなどして整備し、また、地図を作成して市民に宣伝していることが認められ、さらには、〈証拠〉によれば、前記昭和四五年一二月三日付けの林野庁長官から知事宛の通知においては、その所定の重点的設定場所につき、積極的に銃猟禁止区域の設定、拡大を図ることを求めていることが認められる。しかしながら、神戸市と兵庫県とは同じく地方公共団体であつても、地域住民の生活により深く係り合うのは、県よりもむしろ市であると認められるところ、その神戸市が、前記のとおり、「徳川道」を整備、宣伝しながら、「徳川道」の存する本件事故現場付近について、銃猟禁止区域の設定を被告県の知事に要望しなかつたこと、並びに、前記のとおり、本件事故現場付近では、農作物に対する猪の被害があり、地元住民には、右地域を銃猟禁止区域とするにつき消極的姿勢もあつたのであるから、前記(二)を併せかんがみると、やはり、被告県は、本件事故現場付近につき銃猟禁止区域とする措置を採り難かつたものと認められる。

上記のとおりであるから、神戸市が「徳川道」を宣伝していた等の事実、林野庁長官の右通知内容をもつてしても、前記認定を左右するに足りず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

なお、〈証拠〉によれば、本件事故後、被告県の知事が開催した会議の席上、本件事故現場付近を銃猟禁止区域として設定されたい旨の要望が神戸市からなされ、被告県では、神戸市の開発計画の状況を把握したうえで関係者等との調整を行い、同知事が、本件事故現場を含む地域を、既設の銃猟禁止区域の拡大という形で銃猟禁止区域にしたことが認められるが、前記のとおり、本件事故は、猟犬の占有者が、猟犬の管理についての注意義務を尽していれば防止しえた事故であり、また、本件事故現場付近は、従来、人身に対する差し迫つた危険があるとまでいい難い場所であつたところ、〈証拠〉によれば、本件事故現場付近の住民が、本件事故が現実に生起したことをもつて、猪による農作物の被害を甘受しても銃猟に伴う一般的な人身に対する危険性を重視し、本件事故現場付近を銃猟禁止区域とすることに同意をしたため、本件事故現場付近が銃猟禁止区域に含められることになつたものと認められるから、本件事故後、本件事故現場付近が銃猟禁止区域に含められた事実をもつて、被告県の知事の裁量権不行使を違法とすべき証左とはなし難い。

5 原告らは、野犬咬死事故の損害賠償請求事件の裁判例(東京高裁昭和五二年一一月一七日判決・高民集三〇巻四号四三一頁参照)を掲げて、その裁判例に示された判断基準に照らして、被告県には作為義務違反がある旨主張する。

しかし、野犬の場合、犬に対する管理者が全くおらず、その危険防止は、条例により捕獲等の権限をもつ地方公共団体に期待するところが大きく、その権限行使が危険防止の唯一の方法とも認められるのに対し、猟犬の場合は、飼主その他これを管理する者がおり、前記認定のとおり、その危険防止は、その管理にかかる注意義務が尽されることにより一般には果されうるものであり、猟犬の管理者をもつて危険防止にかかる第一次的責任者と認めることができるから、野犬の場合とはその前提事情を異にし、これを同日に論ずることはできない。

三以上のとおりであるから、その余の点について触れるまでもなく原告らの被告県に対する請求は理由がない。

(結論)

叙上の次第であつて、原告勝及び同マツエの被告らに対する本訴請求は、被告森本に対し、各金五五五万二七五〇円及びうち弁護士費用中の報酬金を除いた各金五一五万二七五〇円に対する本件事故発生日である昭和五七年二月一六日から、うち右報酬金である各金四〇万円に対する履行期の後である昭和六一年三月二九日(判決言渡の翌日)から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、原告さくらの被告らに対する本訴請求は、被告森本に対し、金一一〇万円及びうち弁護士費用を除いた金一〇〇万円に対する右昭和五七年二月一六日から、うち弁護士費用である金一〇万円に対する右昭和六一年三月二九日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由があるから認容し、原告らの被告森本に対するその余の請求並びに被告県に対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官牧山市治 裁判官貝阿彌 誠 裁判官野中百合子)

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